記事:小児性愛症のホルモン治療

  安心メールというシステムがありまして、県内の犯罪につながりそうな事案、詐欺まがいの電話が何々町にかかってますよとか、刃物を持った人がうろうろしてますよとか、そういうお知らせをしているんですけれども、その中でも声掛け事案が圧倒的多数を占めていて、小学生の子をもつ身としては安心できない環境です。

  小児性愛症という病気があります。問題になるのは決まって男性で、社会を騒がせた宮崎勤や小林薫の犯した重大事件は病気の異質さを際立たせています。もちろん全ての小児性愛症の方が衝動に任せて罪を犯すということではありませんが、病気の特性上、性への興味が小児しか向かない彼らは、やはりそれ自体が犯罪とされ、いったんたがが外れると支配的かつ暴力的である事が多く、重大事件との関連性が強いことや、再犯率が高いことなどから社会に対する脅威とされていて、性衝動を抑えている人でもカミングアウトすることすら罪になる風潮です。社会からタブー視され、悩んでいる人も隠さざるを得ない状況であり、誰にも相談できず、また現段階で日本では治療的アプローチも全くありません。数年前の海外の学会で、私の記憶が曖昧でどこの国か地域かよく思い出せないのですが、小児性愛者に対して去勢をしてモニタリングをするという措置が提示されていて、性的衝動の抑制にある一定の効果をあげているという発表を聞いたことを覚えています。ただ同意に反する去勢は外科的処置が必要で、個人の尊厳を著しく傷付けるものですし、いろんな思惑が交差してなかなか日本では発展しないだろうと思っていましたが、案の定日本では事件は起こっている割に去勢が小児性愛症の治療として一般的となることはありませんでした。

  そんな中、JAMA psychiatry 2020年4月29日号に小児性愛症患者に対して前立腺癌治療としても用いられているゴナドトロピン放出ホルモン拮抗薬を用いて性的衝動行動を抑制させたというスウェーデンの論文が掲載されていました。大まかな理論上は去勢と変わらない、より手軽な男性ホルモンを抑える注射による治療で小児への性的虐待行為を減らすことが出来たという内容です。もちろん被験者(小児性愛症と診断された18歳から66歳の男性52人)は希望者で、希望者ということは、それなりに自分でも欲求を抑えたいという願望を持っていた方々なのでプラセボ(男性ホルモンを抑える効果がない偽薬)でも少し効果はあるのでしょうが、その方々を2グループに分けて治療薬とプラセボを投与して、治療薬のグループに性的衝動性に効果があったということを立証しています。残念なことに、肝機能障害をはじめ副作用が89%の方にみられたようで、すぐに実用化されるような治療ではないようですが、治療的介入が難しいこの病気に一筋の光がさしたような気がします。これまで、小児性愛症の方が精神科に紹介されることも少なくありませんでしたが、強迫性障害に準じた治療を行なっても効果は得られず、なす術がないというのが正直なところでした。もしこの治療が標準的になれば積極的な介入が可能になるのではないかと思います。

  ドイツではテレビCMで、地下鉄で男性が幼い子供に対して視線を送っている映像に続けて「子供に対して不適切な感情を抱いていませんか?」とナレーションを入れて、小児性愛症の相談窓口を案内するというテレビを用いた治療介入をしていました。それが根本的な解決に向くのかどうかは分かりませんが、患者にとって気付きや介入の機会を与えると言う意味では確実に一歩前進している政策ではないかと評価出来ます。日本では小児性愛症者による事件は起こっているものの、そういった啓発や治療的介入は皆無です。日本でも、目を逸らさずに正面から向き合い体系的総合的な治療が展開され、小児性愛症者が救いを求められる体制を整えることで、少しでも小児への性犯罪を未然に防ぐことができるのではないかと思いました。